From Arizona to Osaka — 共同創業者が見た、大阪旗艦店のオープン

大阪に、DEVEREUXの旗艦店がオープン。
そのオープンに合わせて、アリゾナから共同創業者のバート・ブランナーが来日。
大阪のオープニングの夜、名古屋でのパートナー訪問、そして東京の街歩き——
日本で過ごした数日間を、本人が言葉にしてくれた。

自分たちが地元で始めたブランドが、海の向こうで根づいていく。
その光景を前に、創業者は何を感じたのか。


文:ロバート・"バート"・ブランナー(DEVEREUX Golf 共同創業者)

ブランドをつくっていると、ふと立ち止まって、いま起きていることを噛みしめられる瞬間がある。
大阪にDEVEREUXの旗艦店がオープンしたのは、僕にとってまさにそんな瞬間だった。

先日、僕たち数人で日本を訪れ、ビジネスパートナーに会い、オープンを祝ってきた。
日本のチームがこの店にどれだけの力を注いできたかは知っていた。
それでも、実際にこの目で見て、店を支える人たちに会えたことは、想像以上に心に響いた。

店があるのは、大阪のなかでも思わず長居したくなる街の一角。
通りを歩き、友人と会い、ふらりと店に入り、行き交う人の服装に目がいく——そんな場所だ。
DEVEREUXは、その街にすっと馴染んでいた。

太平洋の向こうの仲間たちは、アメリカ南西部のカルチャーと空気感を、彼ら自身の視点で解釈してくれていた。
内装から商品の見せ方まで、ひとつひとつに考えが行き届いている。
温かくて、居心地がよくて、スタイリッシュ。ついゆっくりしていきたくなる空気があった。

このブランドがどう見え、どう感じられるべきかを日々考えている身として、彼らの丁寧な仕事がうれしかった。
僕たちがつくろうとしているものを理解したうえで、そこに自分たちらしさを持ち込んでくれていた。


ビールとたこ焼きと、最初の夜

日本のチームは、僕たちが着いたその瞬間から温かく迎えてくれた。
ホテルのチェックインを手伝ってくれたあと、店づくりに奔走してくれたクルーに会わせてくれた。

最初の夜は、冷えたビールにたこ焼き、みんなで取り分ける料理、そしてテーブルを囲んだ笑い声。
初対面の人たちと打ち解けるには、ふつう少し時間がかかる。地球の反対側に住んでいればなおさらだ。
でも、このときは自然だった。彼らは"僕らの仲間"だった。
立ち居振る舞いにも、僕たちへの接し方にも、DEVEREUXをどれだけ大切に思ってくれているかが表れていた。

やがてビールが時差ボケに負け、オープンに備えてホテルへ戻った。

翌日は大阪の街を歩き、買い物をして過ごした。
街に出たことで、ようやく気持ちが落ち着いた。
夕方、店に向かう頃には、みんなに会う準備ができていた。


オープニングの夜

そして、たくさんの人が来てくれた。

友人、ビジネスパートナー、昔からのファン、そして初めてDEVEREUXを知る人たち。
温かい挨拶と、ブランドへの好奇心に迎えられ、どの会話も意味のあるものになった。
プロダクトのこと、僕たちがどこから来たのか、そしてこれからどこへ向かいたいのか——そんな話をした。

僕は創業初日からDEVEREUXの現場にいる。
ブランドを前に進め続けるのにどれだけの労力がいるかも、次にやるべきことに追われて周りが見えなくなりがちなことも、よく知っている。
大阪に立ち、僕たちが地元で始めたものを人々が祝ってくれる姿を見て、ようやくそれを実感する時間が持てた。

太平洋の向こうのチームが、僕たちのビジョンを信じて投資し、店をつくり、自分たちのコミュニティに迎え入れてくれる。
こんなに最高な気分はない。

あの夜、何年もの努力へのご褒美は、その場にいて、ただ楽しめることだった。

店の外でパブスト・ブルーリボンを飲み、写真を撮り、商品を眺め、来てくれた一人ひとりと時間を過ごした。
オープニングのDJは、僕たちの友人マーク・ウェスト。
誰かがヴィンテージの日産Zで乗りつけて、僕たちの目は一瞬で釘づけになった。そのまま大阪の街をドライブに連れ出してくれた。

DEVEREUXのメンバーはみんな車好きだ。日本でヴィンテージのZ——ハイライトにならないはずがない。

オープニングはそのまま"19番ホール"のアフターパーティーへ。
新しい友人たちとの時間が楽しくて、たぶん帰るべき時間よりずっと遅くまで残っていた。
信じられないような一日だった。


名古屋——パートナー企業を訪ねて

翌朝、大阪の仲間たちに別れを告げ、日本でのパートナーシップを担う会社を訪ねるため名古屋へ向かった。

名古屋は、また違うペースの街だった。
街を見下ろす会議室で、CEOと会った。部屋には8脚のレザーチェアが間隔をあけて並んでいる。なかなかの空間だった。
CEOの装いもまた見事で、シャープでありながら、70〜80年代のアメリカン・ロックンロールの雰囲気をまとっていた。そのすべてが心地よかった。

それだけの経験と実績を持つ人たちと一緒にいると、自分のハードルも上げたくなる。
日本でDEVEREUXが持つ意味や、どうすれば一緒に成長し続けられるかを話した。
ブランドの行く先について同じ信念を分かち合いながらあの部屋にいられたのは、いい時間だった。

おもてなしは9品のコースディナーへと続き、なかでも和牛の一皿は格別だった。
翌朝は早いティータイムだというのに、楽しくてつい夜更かししてしまった。

ゴルフは名古屋郊外の丘陵へ。CEOやグループのメンバーと一緒にラウンドした。
運転手に連れられて向かった先は、青々としたフェアウェイと驚くほどの高低差がある美しいコースだった。

スコアは語るほどのものじゃない。語るべきは、景色と仲間だ。


東京——ただ歩き、ただ観察する

18ホールを回ってシャワーを浴び、着替えて、新幹線で東京へ。

「東京へようこそ」
そう言ったのは、日本での僕たちの担当で、旅のあいだずっと一緒にいてくれたGamoさん。自分の街を案内できるのがうれしそうだった。

それも当然だ。

東京では、朝早くからコーヒー、長い散歩、寿司、買い物、そしてまた買い物。
早起きして夜遅くまで出歩き、できるだけ多くを吸収しようとした。

僕は観察したかった。
人々がどう暮らし、どう装い、何をつくり、どんなものに囲まれて過ごしているのか。
店に入ったり、カフェに座ったりして注意深く眺めるだけで、学べることはたくさんある。

ものづくりを生業にしている身として、そういう時間は大切だ。
どこにつながるかわからないまま、細部を取り込んでいく。
そのうちのいくつかは心に残り、やがて自分の仕事の中に現れる。

足が悲鳴を上げるほど歩いても、まだほんの表面をなぞっただけのように感じた。
もっと見たい——そう思わせる東京を後にし、帰国の便に乗るため大阪へ戻った。


ゴルフが連れてきてくれた場所

何度も思い返すのは、僕たちをあそこへ連れていってくれたのがゴルフだったということだ。

僕たちはゲームそのものも、勝負も、笑いも、ラウンド後のビールも好きだ。
そしてゴルフが連れていってくれる場所や、その途中で出会う人たちにも感謝している。
この旅は、そのすべてをくれた。毎日つくり続けているブランドを、新しい視点で見つめ直させてもくれた。

僕にとっていちばん意味があったのは、どれだけ多くの人がDEVEREUXを信じてくれているかを目の当たりにしたことだ。
手を動かし、投資し、自分たちのアイデアをビジョンに持ち込んでくれる人たち。

創業初日からずっとやってきた身にとって、そんな人たちが味方でいてくれることは、本当に大きい。

日本のチーム、パートナーのみなさん、そして僕たちを迎えてくれたすべての人へ。ありがとう。
ずっと心に残る体験と、持ち帰りきれないほどのインスピレーションをもらった。

いまはアリゾナに戻り、感謝の気持ちとともに、また前へ進む準備ができている。

— バート・ブランナー(共同創業者)


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